太宰治と三島由紀夫が対談をしています。(ふぃくしょんです。)
太宰「お久しぶり。」
三島「どうも。」
太宰「どうですか。やってますか。」
三島「ぼちぼちですね。」
太宰「最近は春めいて。」
三島「春というのはなんだかどうも厭らしいね。」
太宰「そうかね。」
三島「生ぬるい風なんかが吹いてくると、どうもね。」
太宰「それは分からなくもない。」
三島「太宰さんは、春生れですか。」
太宰「どうして。」
三島「なんとなく。春生れという顔をしている。」
太宰「僕は6月です。」
三島「じゃ、春だ。」
太宰「夏だよ。」
三島「僕は冬。1月。」
太宰「ああ、そういう顔だ。冬という顔をしている。」
三島「太宰さんは、僕が夏生れだといえば、そういう顔をしているというんでしょう。夏生れという顔をしている、どうも暑苦しい顔だ。(笑)」
太宰「そんなことはない。冬という顔をしていますよ。」
三島「ほう。それはどういう顔ですか。」
太宰「夏に憧れているという顔だね。夏に遅れたという顔だ。」
三島「秋に遅れたというのじゃなくて?」
太宰「蝉のようなもんだ。夏に生れるはずが、冬に生れちまった。」
三島「なるほど。言えてますね。」
太宰「僕は6月に生れて6月に死んだ。三島さんは?」
三島「僕は11月ですよ。11月25日。」
太宰「だいぶ評判になったそうで。」
三島「えらくバッシングされたようですよ。僕はよく知らないけど。」
太宰「それは同じだ。僕も同じようなもの。」
三島「お互い苦労しますな。」
太宰「本当に。」
三島「…………」
太宰「…………」
太宰「僕はつくづく、他人に自己同化されるというのに疲れ切ってね。」
三島「それがあなたの手法だったのだから、それは仕方がない。羨ましいですよ。僕にもそういうものがあれば、いくらかは違ったんじゃないかと思いますね。」
太宰「俺は別に、人間の代弁者でございなどと思ったことはない。」
三島「それが太宰さんでしょう。それだからいいんだ。」
太宰「君は生れ変ったら、どんなものになりたい? 僕は二度と人間というのはごめんなんだ。」
三島「太宰さんが人間に生れなかったら仕方がない。太宰さんがカメレオンに生れ変わったとしても、誰も喜びませんよ。やはりもう一度やってもらわないと。」
太宰「人間を?」
三島「人間を。」
太宰「嫌だね。絶対に、嫌だ。」
三島「しかし太宰さんが人間以外になっちゃあ仕方がない。これは不可能です。あなたには人間以外には仕様のない者に違いないよ。そうに違いないんだから。」
太宰「君はどうやら人間というものにはならないほうがよさそうだ。」
三島「僕はどんなものに生れ変ったら良いとお考えですか。」
太宰「まあ、桟敷とか、そんなもんだろうね。あるいは河原の小石。」
三島「無機物か。それはいいな。」
太宰「とにかく、人間というのは疲れるよ。とにかく考えることが多すぎる。」
三島「その点無機物ならば考える必要はない。」
太宰「石の思考というのもあるかもしれないよ。木にも感情はあるというし。」
三島「それでは感情からは逃れられない。石になっても桟敷になってもむだですね。」
太宰「時々、誰の人生を生きているのか分からなくなることがあった。」
三島「死んでからもそのようなこと、考えますか。」
太宰「そうだね。とにかくひまがあるものだから。」
三島「生きているときは目の回るような忙しさだったけど。」
太宰「そうだね。妙に忙しぶってたね。あれは何だったんだろう。」
三島「テニスの試合と同じじゃないですか。ボールが来るから打ち返していただけ。」
太宰「君もそうなの?」
三島「僕は太宰さんとは違いますよ。」
太宰「僕は時々、雑誌なんかで君の書いたものを読んでいましたよ。」
三島「それは、どうも。」
太宰「非常に、演繹的だね。」
三島「それは意識していた。しかし、そこから人物が飛び出す瞬間というのを、僕は待っていたんですよ。」
太宰「しかしその時は遂に訪れなかった。」
三島「太宰さんにはそう見えましたか。」
太宰「僕は一寸法師だったんだな。」
三島「そうでしょうね。」
太宰「一寸法師の踊りでご機嫌を伺ってね。みなさんの仲間に入れてもらおうとしていた。さもしい人生でしたよ。」
三島「そんなことはない。」
太宰「三島さんはどんなものに憧れましたか。」
三島「想像の余地を残してくれるもの。逃げ水のようなもの。」
太宰「一緒だ。」
三島「何が。」
太宰「僕と一緒。」
三島「それは違うだろう。あなたの憧れていたものは、自分のおもいどおりにならないものだ。そうでしょう。」
太宰「そうかもしれない。」
三島「みんなあんたの思い通りになるから、なんにも面白くない。そうですね。」
太宰「そうかもしれない。」
三島「死さえも……。」
太宰「それは違う。あなた、それは違いますよ。」
三島「私は、日本風にべしゃべしゃしているものは嫌いでね。どうも性分に合わないんですよ。」
太宰「それは君、エゴですよ。」
三島「エゴですか。」
太宰「性分から離れよう、離れようとしている。だけどおのれの性分というものは、結局言動から臭ってくるものだ。無意識です。無意識の臭い。」
三島「臭いますか?」
太宰「臭うというか、脱臭だね。君のものは……非常に脱臭的なんだな。」
三島「臭い消しをしていますか。」
太宰「しているね。」
三島「私に言わせれば、太宰さんのは無理矢理に臭いをつけているようだ。即席のね。」
太宰「それは非常に分かる。」
三島「それが僕には非常に鼻につく。どうも身分違いの女が、無理をして月給以上の香水をつけているかのようなね。」
太宰「僕はその逆をしていると言いたいんだろう。」
三島「迎合することはないでしょう。堂々としていればいいんだ。」
太宰「僕は怖いんだよ。仲間はずれにされることが。」
三島「だからって馬鹿踊りをすることはない。」
太宰「君は仲間に入るのがうまいね。餌を撒くのが実に巧妙で。」
三島「餌とは、よかったな。」
太宰「やはり君は石に生れ変ったらいいようだ。」
三島「石は石でもただの石ころというのは閉口だな。御影石なんかならいいけど。」
太宰「路傍の石は嫌かね。」
三島「性分ではありませんね。」
太宰「………………」
三島「………………」
太宰「時々、言葉でしか自分を表現できないというのが嫌になる。」
三島「それが人間というものですからね。言葉と言葉によって分かり合う。」
太宰「肉体性というのが、希薄なんだな。」
三島「太宰さんほど肉体的であった作家はいない。」
太宰「どこが。そんなふうに思ったことは一度もない。」
三島「肉体を置き去りにして精神の世界にこころを遊ばせるというのは、肉体の体験なしではいられない。太宰さんは、実に己の肉体というもので十全に快楽を得ていたと言っていい。」
太宰「肉体なんてものは、無けりゃ無いで一番いいんだ。」
三島「そんなことはない。脳は肉体ですよ。我々は肉体を使って物を考えているんだ。それをないがしろにしちゃいけない。」
太宰「頭でっかちでね。何んにもいいことはなかったですよ。」
三島「太宰さんは、体のほうは丈夫でしたか。」
太宰「母は病弱な方でしたけど。」
三島「私はあまり丈夫な方ではなくてね。」
太宰「ああ、それは、分かる。」
三島「太宰さんは、私が固執するものを、すでに持っているんだな。それを平気で投げ捨てるようなことをするから、癇に障るんですよ。」
太宰「それは君だけに始まった話じゃない。みんなそうですよ。みんな。」
三島「宝石を投げ砕き散らかすようなものだからね。本人にはガベージだったとしても、捨てる神あれば拾う神ありと言ってね。(笑)」
太宰「俺のことなんか、誰も分かってくれない。」
三島「そんなことはない。」
太宰「三島さんは演劇の何が好きですか。」
三島「虚構性ですね。そして、そこに通り抜ける真実というのは、演劇という暗闇の中でしか成せないものです。」
太宰「だから君は、石ころだと言うんだなあ。」
三島「まあ、一献。」
太宰「いただきます。(盃で受ける)」
三島「僕はオレンジジュースですけど。」
太宰「何んでもいいよ。甘いものは好きですか。」
三島「羊羹なんか、好きでしたね。」
太宰「酒が入らないというのは、どこか不安になりますね。」
三島「脳内で酒を製造できるようにならなきゃ。」
太宰「そりゃ、いい。それは素晴らしいですよ。」
三島「金がかからなくていい。(笑)」
太宰「虚構性ですよね。あなたの書くものはみんなそう。」
三島「自分としてはリアリズムのつもりなのですがね。」
太宰「人間じゃないね。」
三島「誰が?」
太宰「糸が見えるなあ。実に。チョキンとその透明な糸を切ってしまいたくなるね。」
三島「なるほど。」
太宰「僕は、君なんかはもっと正直になったらいいのにとおもっていた。」
三島「僕は丸裸でしたよ。」
太宰「いや、肉襦袢だね。」
三島「なるほどね。」
太宰「さっき君は、僕を肉体的な作家だと言ったけど。」
三島「言いました。」
太宰「実際、おれは肉体でしかなかった。」
三島「分かります。」
太宰「肉体を与えれば、俺は歓迎された。」
三島「分かりますよ。」
太宰「君は、他人に肉体を捧げたことがある?」
三島「そういえば、ありませんでしたね。」
太宰「君はおのれの肉体を自慢にしていたようだけど。」
三島「いやァ……、あんなのは、虚仮威しでね。」
太宰「だがその気持は、分かる。」
三島「なんだか二人して分かり合いごっこばかりしていて、しょうがないようだが。(笑)」
太宰「おれはおのれの肉体というのは、捨てなきゃどうしようもないものだとおもっていてね。それで何度か挑戦したんですよ。」
三島「あれも虚仮威しですね。」
太宰「そのとおり。」
三島「私は自分の体が嫌いでしたよ。骨と皮ばかりでね。」
太宰「俺はその程度でも別にいいという人がいたから、そのままだった。肉体は武器でしたよ、あなた。」
三島「ほら、やっぱり、太宰さんは肉体派だ。」
太宰「そうかもしれない。」
三島「僕が太宰さんの体を持っていたとしたら、まさかあんなことにはならなかったかもしれませんよ。」
太宰「まあいいだろう。君は徒花として散るが美しいというのでいいんじゃないですか。」
三島「徒花?」
太宰「君も僕も、道化の華だったとおもう。」
三島「ああ、嫌だ、嫌だ。」
太宰「肉襦袢色の花として、華麗に散ったじゃないですか。」
三島「太宰さんは、人生で、何がしたかったですか。」
太宰「僕は好きな人に認められたかった。もう堪忍して下さい、これ以上小説は書かないで下さいと言われたかったんだ。」
三島「だけど、誰も言ってくれなかった。」
太宰「そうなんだ。」
三島「どうでもいいことだけが評価されてね。」
太宰「そうなんだ。」
三島「どうでもいいことの詰め合わせみたいになって。」
太宰「そうなんだよ。」
三島「お歳暮みたいなね。これはどこに回そうかな、なんて。(笑)」
太宰「そうなんだよ!」
三島「そんなことの繰り返しでね。遂に一編も満足の行く小説なんて書き上げられなかった。余計なことをしすぎたんですよ。」
太宰「僕なんかは、特にそうだね。」
三島「太宰さんは違うよ。立派でしたよ。」
太宰「僕なんか書き散らしですよ。芥川さんの一編の価値もない。」
三島「それは太宰さんが決めることじゃない。もしもそんな評価をご自身の作品に持っていらっしゃるのならば、それは間違ってますよ。」
太宰「どこが?」
三島「作者の手を離れて雑誌に載れば、それは作者だけのものじゃない。太宰さんには百万の読者が居たじゃありませんか。」
太宰「そうだ。おれは、大衆だ。大衆はおれなんだ。」
三島「太宰さんは消えちゃった。」
太宰「そうなんだ。」
三島「でも作家としては本望じゃないですか。」
太宰「おれは幸福が欲しかったんじゃない。喜びが欲しかった。」
三島「お坊ちゃんではどうしようもない。我儘な人です、あなたは。」
太宰「三島さんは大衆ですか。それとも先導者ですか。」
三島「どちらでもありません。」
太宰「では、影?」
三島「影であり、全体への奉仕者でもある。」
太宰「奉仕者は、よかったな。」
三島「私は還元の循環の中に入りたかった。」
太宰「ああ、なんとなく、分かるな。」
三島「私だって、大衆の中に紛れ込みたいという願望はあった。」
太宰「ああ、それは嘘だな。私に嘘をついても意味はありませんよ。」
三島「嘘じゃない。」
太宰「じゃあ、演出だ。演出を掛けている。」
三島「自分の言動に?」
太宰「そう。」
三島「でも、少なからず人というのは、言動に虚言を混ぜるものじゃないかな。その按配のさじ加減の程度はあるだろうが。」
太宰「君はそれが過剰だと言うんですよ。」
三島「海老天の衣のようなものだな。あれはうどんのつゆなんかにつけるともろもろになって、増えれば増えるほど、実は旨い。(笑)」
太宰「衣を面白がっている連中ばかりだ。そうじゃありませんか。あなたの読者は。」
三島「なるほど。」
太宰「だかその分厚い衣を剥がしてみると、ひょろひょろの紐みたいなえびしか出てこない。(笑)」
三島「そうです、もともとは骨と皮ですから。」
太宰「開き直ることはない。」
三島「太宰さんは墓掘り職人ですね。しゃれこうべなんか持ったりしてね、ハムレットに掲げてみせる。(笑)私はあなたよりも遥かに下部の存在でございと白塗りに顔を塗ってみたりしてね。その実、常に腹はくちているし、ポケットの中には銀貨がゴロゴロ、家に帰ればかみさんと、それから別宅に行けば甘やかしてくれる女給上がりの女なんかが居てね。」
太宰「虚言、虚構、虚飾ですな。」
三島「ほんとうに。」
太宰「…………」
三島「…………」
太宰「実際に…………」
三島「エビを食いに来たんじゃないんだな。みんな、衣を食いに来てるんだよ。」
太宰「そのとおり。」
三島「エビなんか、実際旨くもなんともないですよ。」
太宰「そうだね。実際旨くないね。うどんの汁に染みた天かすなんかのほうが、よっぽど旨い。」
三島「実際、僕は、衣食いに飽きたのかもしれないな。いつまでも、そんなことを続けていたところでね。」
太宰「そんなことはない。続けていれば、また違う世界が見えてきていたかもしれませんよ。」
三島「太宰さんは、そんなものを見たかったですか?」
太宰「…………」
三島「やってください。どんどん。(徳利を傾ける)」
太宰「ありがとう。(盃を干す)」
三島「僕は、太宰さんの書いたものを読むと、過去に置いてきた自分の姿をおもいだすようでね。実にやりきれませんでしたよ。」
太宰「そうだ。君は実に、おれによく似ている。」
三島「追従笑いなんかしてね。あの顔が、憎らしいんだなあ。」
太宰「本人をめのまえにして何も言うことはない。」
三島「まあ、こんな機会も二度とないでしょうから。失礼な言い方をして、ごめんなさい?」
太宰「謝るくらいなら言わなきゃいいんだ。」
三島「へらへらしやがって、とかね。僕も若い頃だから、変に……どうも、太宰さんが軟派に見えてね。」
太宰「実際軟派だから。」
三島「俺もまかり間違えば……とおもうと、太宰さんの本は怖くて読めなかった。」
太宰「実際におすすめしないね。ああいうものは。大衆迎合ですよ。芸なんかじゃない。」
三島「右や左の旦那様。」
太宰「因果なもんですな。」
三島「太宰さんの文章は、水のようですね。良い酒は水に似るというが。」
太宰「それで実際に酒だと称して水を飲ませるんだろう。いい酒が手に入ったと言って。」
三島「あはは。」
太宰「君の文章は……なにか、石に彫刻しているようなものだね。チクチクと時間を掛けて。ああいったものは、やりがいがあるだろうねえ。」
三島「そんなに悠長なことをやっていたら、あれほどの量は書けはしない。やはりそれもハッタリでね。」
太宰「自分たちのものを貶し合ってちゃあ世話はない。」
三島「だがやはり、僕は太宰さんのようなものは書かないし、書けないとおもう。僕はありのままの生れただけの人間というのが信じられないから。私たちは津島修治が太宰治になって、平岡公威が三島由紀夫になった。そうでしょう。」
太宰「平井太郎からの江戸川乱歩とは、少し調子が違うわけだ。」
三島「全く違いますね。あれは変身ですね。」
太宰「我々のは何だろう。蝶への変態ですか。」
三島「肉襦袢でしょう。」
太宰「よかった、なんとかまとまった。(笑)」
おわり。