2024-01-01から1年間の記事一覧

やっと読めたぞ橋本さんのポエティック・センチメンタル:詩集『大戦序曲』感想

すべてを言い尽くさなければ気が済まない橋本さんに、ポエムは作れない。 以上。 以下蛇足(またこのパターンか? という話ではあるが大体からして「詩」に対する感想などという存在そのものが「野暮」の極みであって、「詩」というものは他者がそれを読むの…

 俺のことを捨てるからそういうことになるんだよ。フン、バカ♡な橋本治と沖雅也とちょっとだけ大島弓子な「ニルヴァーナはまだか?」:『とうに涅槃を過ぎて』感想

注意 これ以下の文章は多分な誇大解釈や個人的意見がふくまれています。そして以下の文章はそれらの文章を「正しさ」として提示するわけではなく「こんなふうにも読めた」というひとつの読み方の種類を提示する以外の何ものでもありません。また、故人につい…

『極悪女王』を観た!:愛と誠と極悪女王

観た! 最高だった! 以下、よかったこと! 何から書いていいかわからないから箇条書きで書く! ・一話から五話まで、はじまりからおわりまでずっと号泣 ・美術が良い!! ・キャストが良い! ・五話完結なんて素晴らしい! ・俳優は根性だ! ところで、「日…

二十代でエンタメの正解にたどり着いてしまった人のエンターテインメントのかたちの変遷:新井素子と冨樫義博は素晴らしいのはなし

というわけで、いまふたたび新井素子の話をしてしまうが(大好きなので……)、十代、二十代にして「エンターテインメントの何たるか」を知り、提示してしまえた「天才たち」が、そののち、夢見るときを過ぎても(もちろんご本人たちにとっては現実そのものに…

2010年の「1979年」と2024年の「1979年」:普通の日記

というわけで私は、最近またしても時間の「ずれ」というものの認識のあいまいさについてほとほとこまりはてている。 短く書く。ほんとうに短く書く。つまり僕がさいきん、とても悲しがっていること、それは、「過去の僕よりも、僕は“過去”という概念を楽しめ…

小津安二郎とヤン・シュヴァンクマイエルと“I am Alice ! “な中年たち:『ボーはおそれている』(2023)感想

朝、まぶしくて目を覚ました。 で、テレビをつけた。すると、アマゾンプライムの宣伝が目に飛び込んできた。「どうせ有料でっしゃろ?」とおもいつつページを開くと、『ボーはおそれている』(2023)が、はじまった。ので、私は、朝っぱらから優雅に(?)そ…

水を怖がる男の子と、けんじくんの話:海辺の町

つまり、俺はそこでは息ができないが、”彼”はそこでも息ができるということだ。 菊池は沿岸沿いに住んでいる。 俺はその近くの住宅街にある汚いアパートの二階に、両親と一緒に住んでいる。 菊池の家には、小さい頃一度遊びに行ったことがある。小学生の時、…

喫茶店嫌いの記:普通の日記

好きです、喫茶店。(…………) はじめから矛盾しているが、これはそういう矛盾の記なので仕方がない。喫茶店は好きだけど嫌いだ。理由は、落ち着かないからである。 これは、もう、三島のユッキーいうところの『感受性の過剰』というのですべてが説明できてし…

生きてゐる石川達三、生きてゐる小市民:石川達三を読む

なぜ、今、石川達三なのか? しかし、とりあえず、石川達三である。 石川達三といえば?『金環蝕』。『生きてゐる兵隊』。『蒼氓』。これ以上思いつかない。『青春の蹉跌』…… なぜ、今、石川達三なのか。 この現代において、少し心ある人(?)ならば、伊丹…

二重の過去:普通の日記

音楽を聴くのが好きだ。 だがしかし、こういった一文の中にも、私などという自意識過剰が肉をまとって歩いているような人間には、羞恥心が「快感」とともに同居することになるから面倒くさい。 つまり、音楽を聴くのは好きだが、音楽を奏でることはからきし…

他人のラブレターへの返信を読んでもいいのか? 問題とどーしてもプライベートをパブリックにしてしまう橋本治:『'89』感想

おもえば(いや、陳者……)、天下の聖子・松田が一番ノッてない曲は何であったか。「なんか怠そうに歌ってるなあ(※個人の感想です)」という感想を抱くのはこれまた天下のイーチ・オータキ大先生書くところの『四月のラブレター』ではないか? とおもう。も…

『橋本治と内田樹』という並びよりも、『橋本治と新井素子』の方がイコールで結びやすいと思う理由:『流水桃花抄(橋本治掌篇短編集)』の「あとがき」感想②

前回の続き。 「他人を書く」ということについて苦労していた人、といえば、最近岩波文庫に入ったでおなじみの、安岡章太郎である、と。正確に言えば、安岡章太郎に代表される、ある時代より連綿と続くある一部の日本の男性作家たちであった、と。 他人とい…

男の子は少女マンガになりたかった:相米慎二『ラブホテル』(1985)

石井隆が少女マンガだと言い出しても、誰も信じまい。 と、いうような文章がこの世にはある。「ないよ!」といわれても、ある。どこにあるかというとそれは『秘本世界生玉子』(1980)における石井隆論の冒頭、文庫版におけるP.124ページに存在する。著者は…

『橋本治と内田樹』という並びよりも、『橋本治と新井素子』の方がイコールで結びやすいと思う理由:『流水桃花抄(橋本治掌篇短編集)』の「あとがき」感想①

えー、今、橋本さんの『流水桃花抄(橋本治掌篇短編集)』(1991)を読もうとしているところなんですが、その前に、この本の「あとがき」を読んで「この人はなんて”新井素子”なんだろう」とおもったので、それを書きます(ということで本編はまだ読んでませ…

だからどうした?:『風雅の虎の巻』感想 

「必要と非実用は対立しない」という考え方は”実用”と”非実用”を対立させる考えの上にあるものですが、どうしてこれが消滅してしまったのか――だから平気で「分かりにくい」などという言葉が上がるのかというと、実用と非実用を対立させて考える側のものが”非…