性格破綻者

 

 駄目男に恋していてそういう恋している自分が結構好きみたいな考え方の女の子の一人称をつぶさにご覧いただくという趣向のお話(?)です。現代的倫理に合わない考えの持ち主を観察するという趣味を持たない方には観覧をお勧めしません。(こんなことばっかり言ってるけど個人としては倫理というものは一番大切にされるべきものです、が、この話はフィクションなので………)

 このお話はね……ええと、良いです。(自画自賛すな、ろくでなしのくせに)なんか倫理がおかしいから怖くて公開できなかったんだけど、もう何年も経ってるし時効だから(?)いいや。

 読んでね。

 

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 イーグルスの『デスペラード』が始まったとき、となりに座っていた真也ちゃんは居眠りをぶっこいていた。
 起こそうか、ともおもった。でも起こさなかった。
 自分で起きれるかな? とあたしはおもった。でも起きなかった。
 あたしはおとなしく、その隣で『デスペラード』を聞いていた。アンコール曲で、イーグルスは『Take it easy』と『デスペラード』を歌ってくれた。だけど真也ちゃんはそこまで待てなかった。そこまで熱烈なファンじゃなかったから。彼は『ホテル・カリフォルニア』しか知らなかった。しかしそういう真也ちゃんをわざわざコンサートまで引っ張ってきたのはあたしだ。
 アンコール曲が終わり、コンサートが終わり、観客が帰り支度を始めるころ、真也ちゃんはようやく起きた。で、「あれ、もう終わり?」とか言っていた。
 十二月だった。その年の冬はとても寒かった。真也ちゃんとあたしは寒いね、とか言いながら、手をつないで帰った。あたしは真也ちゃんのカサカサした手を握りながら、ああこれでやっぱり終わりだなとおもった。

 

 部屋に帰ったら真也ちゃんはいなかった。そんな経験は何度もある。何度もあったので、すぐにそれは日常になった。
 暇なので真也ちゃんの好きなところを言いますと、顔。タレ目でスリーピー・アイズなところであったりするわけです。あとはあんまり笑わないところ。
 男女別で言うと、男のほうが異性の外見を気にするらしい。「男は外見」という女よりも、「女は外見」とおもう男の人のほうが多いってことですね。でも「男は外見」とおもう女だって、「女は中身」だとおもう男だってまあ多少はいるわけで、あたしは真也ちゃんの外見が好きだった。好きで好きでたまらなかった。だってかっこよかった。あの顔で、ちょっと媚びたような声を出して、普段はめったにあたしが言ったことで笑ったりしないくせに、口元に笑みなんか作って見せて、「ごめんね」とか言われたら、何でも許しちゃった。だって、だって、あの真也ちゃんがあたしに謝ってくれるなんて。そんなイベントが発生しなかったはずのあたしの人生だってありえたはずだったのに、真也ちゃんはそれを否定してくれた。それで、「真也ちゃんがあたしと二人で溜めてた『ペットを買うためのお金』に手を付けて、全部遣っちゃったんだけど、ごめんねってあたしに言ってくれる」とかいうすてきな(?)イベントをあたしに提供してくれた。真也ちゃんってほんとエンターテイナーですよね。
 この人と一緒に過ごしたら、この人はあたしにどんなことを言ってくれるんだろう、やってくれるんだろう、どんな日常を披露してみせてくれるんだろう。あたしはほとんど観客気分で、いい気になって、自分に起こったどんな出来事も、若干第三者が覗いているかのような気持ちになって楽しみはしゃいでいた。だから一週間丸々家に帰ってこなかったり、共同で使ってる通帳からお金が引かれていても、ああ、なるほど、そっち系ね、なんておもったりしてのんきに構えていた。いや、ええと、決してのんきなわけではなかったんだけれど、傍から見たら、別にそういうことを頻発されたから別れるとか、分かりやすい帰結を展開させてみたわけじゃなし、だいぶのんきに構えてんな、と思われても仕方がないような体たらくではあったわけです。


 真也ちゃんはあたしにとっての提供者だった。提供者に過ぎなかった、などと言うつもりはない。真也ちゃんは演者であたしはお客さん。あたしは度重なる彼のあたしに対する残酷さを少しでも体内処理で緩和させるためにそんな演技を、というか言い聞かせをしていたと解説付けてもまあ別にいいけど、でもそれだけじゃない。あたしは真也ちゃんを許していた。だってあたしは真也ちゃんのことが本当に好きなのよ。好きなの。あー、好き。考えるだけでふふふってなる。
 例えば。真也ちゃんがあたしのお財布からお金を抜いて使い込みをする。あたしがそれに気付いて彼を咎め立てる。どうしてこういうことするの。人間としておかしいよ。どうかしてる。倫理観とかないわけ? あたしが言う。真也ちゃんは黙っている。黙って煙草を靜かにふかしている。あたしは一方的に彼を責め立てるけれど、彼は一向に相手にしない。あたしの声なんて、聞く耳を持っていない、それとも右から左に流している、それとも馬耳東風、あんたは人間じゃない。馬だから、あたしの、人間様の言葉の意味がわからないのね。だからじっとり動物みたいに黙ってんでしょ、人間様程度の、脳みそだってないからっ。
 しかし真也ちゃんは人間であり男でありあたしではなく真也ちゃんである。これは真理を究めている。であるからこそ彼は泰然自若としていられるし、あたしの言葉などに意味を付随したりしない。真也ちゃんはお利口さんであるから、そんな意味のない、馬鹿げた、さまつでくだらないことに心を砕いたりしないのよ。
 で、そういうお利口でくだらない真也ちゃんは、部屋の中でうまそうに煙草の一本でも吸い終わると、それを缶コーヒーの蓋をライターで焼いて落として灰皿にしてあるそこへ放って、じっとあたしを、豹とか、ジャガーとか、虎とか、そういう、猫系の、でも鋭い、ちょっと憂いと水分を含んだ甘い目であたしを見る。それから、あたしのことしか心配していない、あなたのことしか考えてない、その他には何も考えていない、というような目をして、そういう目で訴えるようなまねをして、その実彼は何も考えていない。あたしのお金など勝手に使って当然だとおもっている。しかしその艶っぽい目であたしだけを一身に見て、形の良い唇を微量に動かして、彼はこうのたまった。「ごめん、早紀ちゃん」
 真也ちゃんの声は高くもなく低くもない。キンキン声で耳障りでもない。低くてダンディでOH,マンダム! でもない。何ら特徴のない声だ。しかしその声は特徴的でないからこそ演技めいたものを一切含まないし、どんなに歯の浮いたことを言ったとしても、あるいは酷いことを言ったとしても、それらには真実の色が匂い出し、真摯さを帯びだしてしまう。だからあたしはそのたびにコロリコロリと気持ちよく気分良く騙されてしまう。あたしはむしろ積極的に、騙されたがって、あたしは真也ちゃんに言いくるめられる自分を感じるとき、一番に彼のことを身近に感じることが出来る。だって、普通に考えたら、そんな贅沢なことってないですよね。真也ちゃんがあたしに言い訳をしてくれる。あたしのために? というより、言葉が伝わっている、あたしが意見していることに真也ちゃんが興味を持ってくれるというのが。あたしが真也ちゃんがあたしにしたことを咎める。どうしてこういうことするの、酷いよ、と主張する。それによって引き起こされるものとは何か。それはすべてだ、あたしの健康のすべて、生活のすべて、快楽と失楽のすべて、真也ちゃんのあたしに対する言動はすべて、あたしという詰まらない生活を彩る色彩のすべて。
 あたしの言葉を彼が受け取っている。それはどういうことか。彼があたしを認識しているということ、彼があたしを見る、それはどういうことか、彼があたしをめのまえにしているということ、他ならぬあたしを。彼があたしに言葉をこぼす、それはどういうことか、彼にとってあたしは会話をするに足る、あるいは会話すべき他人である、あるいは会話を可能と考えられた他人であるということ、それらすべてが、どれだけ得難いことか、あなたに分かるか、分かるか? それだけでもあたしには有り難いことであるのに、更に真也ちゃんはそれらにオプションをこれでもか、これでもかと付けまくる。彼の眠たい目は、あたしだけを見て……あたしだけを、じっと見て、それから言葉を形作る、あたしの名前を呼ぶ、名前を!? 信じられない、真也ちゃんはあたしの名前を知ってるのだった。そして殊勝そうな口調で謝罪する、ごめんね、早紀ちゃん。


「ごめんね、じゃないよ」あたしは僥倖で身をばらばらにされそうになりながらそれでも言う。「これって何回目? 何回、おなじことするの。泥棒じゃん、こんなの。犯罪者」「犯罪者? 俺が」「人のお金盗んでいいなんて、そんなこと誰に教わったの」「誰にも教わってない」「真也ちゃん、ほんとに反省してる?」「してる」「反省してる人の態度じゃないよね」「どこが?」「おんなじこと何回も繰り返すからだよ。あたし、真也ちゃんにお金盗まれないようにお財布肌身離さず、お風呂まで持っていかなくちゃいけないわけ?」「キャッシュレスにすれば。全部」「はあ?」「現金を持ち歩かなければ盗まれる心配ないだろ」「馬鹿じゃない?」
 真也ちゃんはじゃまくさそうに前髪を掻き上げて、髪の中に指を突っ込んだまま、しばらく何かを考えるかのようにじっとしていた。真也ちゃんは肌がきれい。むきたてのたまごみたい。たぶんあたしよりずっと、お肌がきれい。あたしはそのお肌をたった今いちばん間近で見ることに成功している。この生活で。あたしは真也ちゃんの窃盗を軽蔑する、怒る、が、それですべてを台無しにしたら、あたしはたった今から彼の肌も、顔も見れず、声も聞けず会話ももう二度とできなくなる。別にそれで構わない。のかもしれない。それでないと、せっかく、何のために、毎日毎日朝起きて、メイクして、服を着替えて、仕事へ行って、疲れて帰ってくるのか、わからなくなる。あたしは真也ちゃんのキャバクラ代とかスロット代を稼ぐために働いているわけではない。自身が生活していくために働いているのだ。
「馬鹿だよ。馬鹿じゃなきゃなんなの」「馬鹿は、ひどいな」「ひどいのはどっち。あたしがいつ真也ちゃんにひどいことした?」「たった今、馬鹿と言った」「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い」「口が悪いな、君は……」「なんで、馬鹿って言うだけで口が悪いとか言われなきゃいけないの。すごくむかつく」「むかつく……」「何」「あまりいい言葉じゃない」「うるさい、むかつく」「使わないほうがいい、できれば」「使わせてるのは真也ちゃんだからね」「俺が?」「あなた以外に誰がいますか? この部屋に?」「嫌な言い方をするなあ」「だから、そうさせてるのはあたしじゃなくて」「止めたほうがいい。そういうのは」「何が」「早紀ちゃんには似合わない」「…………」「止めたほうがいい」


 あたしは真也ちゃんのために働いているのではない。金を稼いでいるのではない。あたしはあたしの生活を滞りなく済ませ、流し、循環させるために働いている。お家賃を払わなくてはいけない。食料品や化粧品や通院費や光熱費を払うために、一日一日を更新させるためにお金を稼いでいるんである。そのお陰であたしはこうして思考を続けることが出来るし、朝起きて、メイクして、仕事へ行って……。これは立派な循環である。というよりあたしのように生活力のないものには、そうする日常だけで精いっぱい、とてもじゃないけど、それ以上のことは出来そうにない。習い事をしようとか。海外旅行行こうとか。なにか資格とってみようとか。料理教室通おうかな、などと。そんな余力はない。作れない、めんどくさい、日々を生き抜くだけで精いっぱい、だからあたしの生活に面白みはない、俺の人生つまんね~~。でも一人で循環させて一人で更新させて生活を破綻させてないんだからりっぱでしょ、ちゃんと自炊もしているし洗濯もするしパンツだって古くなったらちゃんと切って捨ててるよ……。しかしそんな好循環に満ちたあたしの生活は馬鹿詰まらない。循環させ続けていつか破綻が来たら死ぬ。詰まらんでもいいのだ、とにかく、あたしはきちんと死なずに生きているんだから……。
 であるからして、あたしは少しぜいたくなのかもしれない。毎日死ぬような目には遭っていない、その生活をりふじんな第三者に妨害されているわけでもない、アレルギーがあるから通院はしているけれど、その他は至って健康、あたしの退屈な生活は、もしかすれば誰かにとっては喉から手が出るほど欲しい物なのかもしれない……が。
 あたしの生活をあたしのためだけに使うという贅沢、という貧しさはどうだろう。あたしはあたしのためだけの生活をしていくうちに、どんどん自分が薄くなって、そのうちに粉となって消えていってしまうような不安を覚える。あたしのことを支えてくれるのはあたしという意識と行動それのみだけ。それ以外にあたしという状態を支えてくれる存在はどこにも存在しない。その代わりにあたしは有限な人生に残されている時間というものを自身のためだけにたっぷり使ってやることが出来る、そのためにあたしは金を稼いで生活を循環させ……あ、この話はもうしましたか。
 で、その粉になりそうなあたし自身を支えてくれる存在が真也ちゃんなのよ……とうっとり言ってみたいが、そんなうっとりはすごく悲しいけど屁の突っ張りにもならない。だめな(?)男に寄りかかって、彼はあたしがいないと駄目なのよアイデンチイチイは最高で、あたしはそうやって真也ちゃんを利用したいし、真也ちゃんにもあたしを利用してもらって、時々彼にお金をあげて、それで二人で離れられない関係になるのはとても素敵で、それは本当のところ、他人と他人のあるべき姿、あるべき姿というのが正しくなければ、そんな関係もあって構わないじゃないか、という考えは確かに分かる。分かるがしかし、分かるということと、それを実行するというというのでは話が違う。あたしはそれを実行していない。確かに行動的には実行しているが、考えとしては実行しているとは言い難い、つまり行動では行動しているが、その行動の理由は別のところにあるということが……
 などと考えている間にも会話は進む。


「真也ちゃん覚えてる? この前あたしのお財布から二万抜いたとき、今度こそこれっきりにするって言ったよね」「覚えてない」「白々しいよね。覚えてるくせに」「言ってないよ、多分」「言った、だからあたしじゃあ信じるからねってその場はとどめて」「そうか。ごめん。言ったかもしれない」「反省してないじゃん、おんなじことばっかり」「うん」「うん、じゃないよね」「うん」「ほんとうに分かっているの?」
 真也ちゃんはあぐらをかいたまま、両膝に両肘を置いて、中央で指を組んで両親指をぐるぐると動かす謎の動きをしている。
「もしそんなにお金が必要なら、あたしみたいな安月給取りは止めたほうがいいのかもしれないね。もっとお金持ちの、ひもにでもなれば」「うーん」「あたしじゃ真也ちゃんのまんぞくに足るようなお金あげられないからっ」「うん」「うん? うんって何。意味分かんない。先月の家賃だって立て替えたのに、これ以上余分なお金なんて無い」「早紀ちゃん」
 あっ。色彩の薄い光彩! 媚びるような、あたしだけを見ているようなまなざし、少し傾げた首、二三度の瞬き……「悪かった。もうしない」「…………」「ごめん。遣ったらだめだって分かってた。分かってたんだけど」「分かってたら、そういうことしないで」「分かった」
 彼は頷くと、とてもきれいな笑い方をした。絵みたい、作り物みたい、とあたしはおもった。そのこしらえもののような彼の、あたしの怒りとか諦めとかを一気にとろかしてなかったことにさせる微笑は、あたしだけをただ一点見つめているのだった。で、そもそもそんな微笑を、こちらのご機嫌を窺って、おもねるような微笑を向けられているのは、ひとえにあたしがお金をお財布に入れていて、それが真也ちゃんの入用で、けれどそれは倫理的に許されないことであり、であるからしてあたしが『怒らなければならなかった』からであり、それらの結果が、彼の素敵な素敵な、あたしだけに向けられた笑顔なのであって……
 あたしは別に、真也ちゃんの笑顔のコレクションをしているわけではない。彼の笑顔は、それは時と場所と場合によってさまざまであるし、それらいちいちを記憶して、暇な時に脳の箱から引き出して、とっくり眺めるなんて器用なことはあたしにはできない。できないが、それでも、その時と場所と場合のなかで、あたしが一番「ああ、この世はどうにかしている」とおもうことのできるそれが、この時と、場所と、場合に確実に凝縮されているのだった。
「……まあ、遣ってしまったことは今更嘆いても仕方ないよ。嘆いたって戻ってくるわけじゃないし」
「ごめんね」
「もう、いいよ。今度こそ、こんなことしないって約束してくれれば」
「約束するよ」
「ほんとかなあ……」
 などとあたしはむやみに脂下がり。真也ちゃんのお金に関してのだらしなさを増長させる。多分彼は反省とかしていないしこれからもちょくちょくお財布からお金を抜くかもしれない。抜かないかもしれない。それは神のみぞ知るところというよりは真也ちゃんしか知らないことである。あたしには知りようのないことだ。しかしそれもあたしには頼もしい。頼もしいという言葉が不自然に響くというのなら、わくわくする……と言い換えてもいい。真也ちゃんには真也ちゃんしか知らないことがある。そしてそれは彼から告げられない限り、いいや彼に告げられたとしても、その真意と本意のすべては決してあたしには通じない。真也ちゃんはそれによってあたしに「他人であること」を提示してくれる。真也ちゃんがあたしに「他人」であることをいちいち証明してみせるたびに、あたしはどんどんその遊園地にはまり込んでいく。真也ちゃんはあたしの遊園地、テーマパーク、あたしの期待と願いを裏切り続けてくれるエンターテイナー……しかし、そんな奇をてらった表現をせずとも、あたしは常にあたしの意表を突いてくる真也ちゃんが好きなのだった。好きだから、そういう酷いことをされても許してしまうし、甘やかしてしまうのだった。ただそれだけのこと、「あたし、彼氏のこと大好きだから、何されても結局許しちゃうんだよね」ただそれだけのこと……


 しかし、今後はあたしも少しは考え直して、ひとり遊びというのを覚えなければならないだろう。自分が自分自身のエンターテイナーとなって自身をもてなし退屈しのぎをさせてやるのだ。それはきっと健康にいいに違いない。お金取られる心配なし、浮気される心配なし、他人のことをおもって常日頃からやきもきする心配なし。
 しかしあたしはそれが得意でない。自分の機嫌を自分で取って、自分でもてなして、楽しませて、ご機嫌伺いをするなんて不健康そうなことしたくない。そのために、あたしは今までの生活において、常に他人を求め続けていたのではないか。
 だって他人は面白い。他人はあたしには考えられないようなことを幾つも幾つもしでかして見せて、あたしを楽しませてくれる。
 真也ちゃんはその典型だ。
 例えば真也ちゃんは、レストランに入っても、ぜったいにあたしと同じものは頼まない。あそこのお寿司屋さんが気になってるから入ってみたい、とあたしが言っても、いや今日はラーメンの気分だからラーメンにするよとか平気で言う。意見が合うというより、お互いの意見を合わせると言う気が毛頭ない。彼は常に言いたいことを言い、したいことをしている。あたしはそのたびに、嫌な気分になるとか、たまにはあたしに合わせてくれてもいいのにとか、そういうことをおもうまえに、あーあ、面白いな、とおもう。あたしのつまらん日常性に富んだ希望が、そのたびに真也ちゃんによって書き換えられる快感、お寿司屋さんに行きたかった、もう口の中は「お寿司の口」になっていたから、いかとか、たことか、そういうのをすし酢のきいたさっぱりしたシャリと一緒に食べたい、そういう小市民的思考を、真也ちゃんがゴリゴリゴリとうっちゃって、あたしの「お寿司の口」を「背脂ぎとぎとのとんこつラーメン」までに押し出してしまう。その快感、その裏切り、その他者性! 真也ちゃんは常にあたしのカウンターで居てくれる。あたしは自身の意見を覆されて、あたしの希望を彼によって却下、無きもの、取るに足らないものとされるたびに、真也ちゃんのことが好きになる。あたし真也ちゃんのために怒ったり泣いたりするの嫌いじゃない。そうやって苦しい気持ちになった分、彼はあたしのことを媚びるような目で見てくれる。あたしにごめんねって言ってくれる。だからあたしは真也ちゃんが大好き。
 あたしは真也ちゃんを利用しているに違いない。自分の利害のみで彼と彼の言動を測って、いい気になっている。彼があたしと同じ意見を持たないというので価値を置き、彼があたしのお財布からお金を抜くというのに価値を置き、信用に足る人ではないというのに価値を置いているのだとしたら、あたし自身に性格破綻者という烙印を押されても当然の結果だとおもう。そしてその性格破綻者はそういう真也ちゃんを自己装飾のために利用しているのだ。こんなことされてもまだ彼を愛しているけなげなあたし……きっとそうに違いない、あたしは自分のことが一番に可愛くて、そういう自身をデコレーションするために「真也ちゃんという状態」を愛しているのに過ぎなく……、つまりそれは他者を利用した自己愛ということに繋がり、結局あたしはひとりというのはつまらないなどとうそぶきながら、真也ちゃんを使って『ひとりぼっちでいる』のに何ら変わりなく……。
 あれ? それじゃああたしは結局孤独でしかないのか?
 でもそんなのはおかしい、あたしはベッドに寝転んで携帯電話をいじっている真也ちゃんを眺めながらおもう。


 だってあたしはひとりぼっちでいるのが退屈だから、その空虚な退屈を恐れ、嫌悪し、唾棄すべきものとしているから、他者のことが好きでたまらないという理屈があるのではないのか。自分自身だけでは、自分自身の孤独を補えないから、その一端を他人にも担ってもらう、共有してもらう、お互いの孤独を分け合って、共通させようとする……それはとても健康的で、体にいいことではないのか。それにもかかわらず、どうしてそれが自己愛に繋がる? 自己愛というのは自分しか愛していないということだ、他人など愛の範疇にはないなどとくだらない帰結を招く行為だ、あたしは真也ちゃんが……真也ちゃんがお金に困ってたら、くめんしてあげたいよ。あたしがあたしのために使うお金なんてたかが知れている、好きな人が困ってたら、助けてあげたい……それは当然の感情なのではないか。それも自己愛のひとつと言うのなら、あたしはもう、こんりんざい、こんな難しい愛の話はしませんよ。
 あたしは真也ちゃんが好きだ。それは真也ちゃんがあたしではなく、全くの他者であるからだ。そういう他者を愛すことのできるあたしは真也ちゃんにとってもきっと他者に違いない。だからここにはどんな自己愛も存在しない。あたしは金遣いが荒くてあたしの意見なんか全然聞いてくれなくて顔のかっこいい真也ちゃんが好きだ、ただそれだけのこと。そしてこれはやせ我慢ではない、あたしは他ならぬ、彼のそういうところが好きなんだ……
 なわけない。

 

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 朝起きたら、真也ちゃんはいなかった。その代わりにテーブルの上に置き手紙が一枚。
『お金借ります。月末までには返します。真也』
 字がかわいいっ、とあたしはまずおもった。真也ちゃんの字は筆圧が低くてへろへろしていて読んでいると気が抜ける。しかしあたしはそれを握りつぶすと、壁に投げた。紙は音もなく壁にぶつかり、力なく落ちた。あたしは腰を上げてそれを拾い、ていねいにしわを伸ばし、通勤カバンからクリアファイルを取り出すと、そのなかに入れた。家宝にしよう。
 これだ、とあたしはおもう。この感情は非常に厄介だ。真也ちゃんのお金に対するだらしなさは許せない。そう、実を言うと許せないに決まっていた。「あたしの彼氏、すぐあたしのお金勝手に使っちゃうの。でもそういうところが好きなんだよね」破綻している。んなわけがない。
 それにもかかわらず、あたしは真也ちゃんの書いたへろへろの借用書を、後生大事にクリアファイルに入れ、その筆跡にも現れている生来のだらしなさを確認して、お腹の底からふつふつと快感が滲んでくる。
 お金を勝手に使うのは許せない。でも許してしまう。だってきっと真也ちゃんは、後々になって、あたしに謝ってくれるに違いない。すっごくかわいい、すてきな表情で。それを許さないなんて、人非人に近い。破綻している? だけどあたしから、真也ちゃんのあの表情を見る機会を奪ったら、多分その他には何も残らない。他の人では駄目だ、少なくともあたしがそう錯覚している内には……。
 だって許さなかったら、真也ちゃんに嫌われちゃうかもしれないじゃん。


おわり(2020.12.19-26)